文体について

 最近考えていることに「文体」がある。文体とは文章に表れる「人相」のようなもので、見れば「おや、あいつが書いた文章かな」と思わせ得るものだ。
 この文体というものは厄介で、消そうと思ってもなかなか消えるものではない。私は、個人的には自分自身の文体がプレーンなものだと考えているのだが、それでもどこかしらに「三上康明的人相」が漂っているように思われる。文体が消えないとどう厄介なのかというと、全然違うジャンルの小説にチャレンジするとき、足かせになる場合があるのである。ゆるふわコメディ(そんなもの存在するのか謎だが)をずっと書いていた人間が、ガチグロサスペンス(そんなものが存在……する)を書くとして、ゆるふわコメディの文体でサスペンスを書くと、内容とは関係ないところで違和感が表出する。
 そんな方向違いのものにチャレンジするなと言うなかれ。小説家とは挑戦の連続である。
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ベテランと新人の間

 最近、ライトノベル作家として「ベテラン」という扱いを受けるようになってきた。自分自身はいまだ「新人」のつもりだったのに、これはいけないと思う。自らのステータスに対する認識の違いは、求められていることと出した結果について、関係者の評価が変わってくるからだ。
 処女作「ストーンヒートクレイジー」の発売が2006年10月だから、そろそろデビューして丸7年。なるほど……もう7年も経っていたのか。毎年1冊以上小説を上梓できていることは純粋に幸運なことであるけれど、ベテランを名乗っていいのか、という疑問は残る。
 ライトノベルの歴史はいまだ浅いといっていいだろう。現時点で一番古い(のかな?)富士見書房のファンタジア大賞の発足が1989年、ファンタジア文庫創刊が1988年、スニーカー文庫の前身が1987年、それ以前のソノラマ文庫やコバルト文庫などもあるけれど私が戦っている場としての「ライトノベル」ならば、歴史は25年ということになろうか。ああ、四半世紀も経っていた。そこで7年となると……そうか、ベテランなのか。
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執筆環境遍歴

 もはや私的なメモのようなもの。

 1996年、新しいもの好きな父がNEC社製ウィンドウズパソコンを購入した。これが私とワードプロセッサの出会いだった。パソコンというものは「なんでもできる」が「目的がなければなにもすることがない」。最初、ただパソコンとして家にあるだけだったそいつを、私はいじりたいという気持ちに駈られた。
 CPUはPentium 75Mhzなどというウルトラロースペック。メモリは8MBのSIMMが2枚刺さっていた(ああ懐かしきSIMMメモリ)。HDDは32GB程度ではなかったろうか。よくもまあWindows 95が動いたものだと今でも不思議な気持ちになる。ともあれそのパソコンは家族の誰も触らないこともあって私がほとんど私物化していた。
「で、こいつを使ってなにができる?」
 答えはそう多くない。
「なんか……書いてみようかな」
 そうして書き始めたのがすべての間違いだったかもしれない。

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商業作家がWeb小説を始めた理由あれこれ

 最近気になっていることは、
「コンセントってなんで黒ばっかりなんだよ、どれがどれでどれを抜いてもオッケーなのか全然わかんねえだろ」
 ってことです。三上康明です。



 Web小説、始めました。「竜殺しと竜喰い DRAGONKILLER × DRAGONCOOK」というタイトルでファンタジーです。青春ファンタジー、というジャンルを勝手につけましたがどこかの会社がすでに使ってるかも。
 ――三百年前、世界に不意に現れた強大な生命体がいた。それは「竜」と呼ばれた。竜は人を襲った。竜の毒に感染した人間は「土くれ」に変わった。竜に人の武器は通用せず、人間は竜の部を使って反撃に打って出た。竜を倒すことに長じた人々はやがて「竜殺し」と呼ばれ、竜をバラすことに長じた人々は「竜喰い」と呼ばれるようにはなる――。

 という舞台設定です。リュシオールという名の、都市一番の「竜殺し」を目指す少年の物語です。是非お楽しみいただければ。
 もちろん無料ですべて公開されています。あとスマートフォンに最適化しているので、パソコン環境の方はかなり見づらいと思います。フィーチャーフォンの方はほんとすんません。

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プロットを書こう

 特に深い理由はないが今回は「プロット」について書こうと思う。けして私が今プロットに詰まっているとか煮詰まっているとか息詰まっているとかそういう理由ではないので邪推しないように。
「プロット」とは、「小説を書く上での設計図」などとよく表現される。話の始まりから終わり、どんなキャラクターが出てくるのかをまとめたものだ。だが「んなことはわかってるけど、書けねえもんは書けねえだろ!」と思われても仕方がない。なぜならプロットは、
・書式が自由
・小説によって書き方は様々
・完成品のプロット見本がない
 といった特徴を持っているからだ。
 ちなみに3番目の「プロット見本」について、どうしてサンプルがネットにも出回らないのかと言えば、プロの作ったプロットは作品のエッセンスが詰まっているものだからそれを他者に見せるわけにはいかないし、さらに言えばプロットを他人に見せるというのはめっちゃ恥ずかしい。しかも「没作品ならいいだろ」という声も挙がるかもしれないが、没作品のプロットはそもそも編集会議を通っていないわけなので出版に値しない≒プロットとしての出来が悪いので見本にならない、ということになる(実際はそうでもないのだが)。
 だが、そんな状態でも人は言う。「プロットを書け」。プロットを書かずして小説を書くなとまで言う人もある。なぜか。
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三上 康明,ジミーサムP:原作
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